テープ起こしという仕事(2003.9.11)


 少し前に読んでいたあるメールマガジンを発行していらした方がテープ起こしのメールマガジンも出していらっしゃったので、テープ起こしという仕事があること自体は何年か前から知ってはいました。今ではどちらもすでに廃刊されていますが、ユニークな語り口で語られる実体験が面白いものでした。でも、それを自分でやってみようとは全く思いませんでした。大変な割に地味な仕事という印象だけだったのです。


◆そもそものきっかけ

 実際にこの世界に足を踏み入れたのは、たまたま目にしたテープライター募集という記事に応募してからです。経験はないと書いて応募したところ、とりあえずやってみるようにと指示された2分ほどの音声ファイルと用字集。それを必死で起こしたのが、私の最初のテープ起こしでした。

 音声ファイルの起こしにはいろいろと便利な再生ツールがあるのだと知ったのは最初の仕事をいただいた後のことでした。そこで、Windows Media player で、ちまちまと巻き戻しながら起こしました。でも、これだと、「あ、ここ聞き直したい」と思っても結構前に戻ってしまうんです。何回聞き直したでしょう。課題をいただいてからお納めするまで数時間かかった気がします。当時はまだISDN回線だったのでダウンロードにも随分時間がかかりましたから、そういった時間を除いても、たっぷり2時間はかかったのではないでしょうか。でも、もともと夢中になると寝食を忘れるタイプの私には非常に楽しい時間だったのです。そして運良く採用のご連絡をいただくことができました。

 最初の仕事は45分ぐらいでした。何時間かかけてダウンロードし、起こし始めたのですが、作業に入ってすぐ、これはWindows Media player では無理だと気づきました。ファイルが長い分細かい巻き戻しができません。2〜3秒さかのぼりたいだけなのに2〜3分のぶれが出てきます。しかも調整するのに時間もかかってしまいます。絶望的な気分になった私は、そのとき初めて再生ソフトの重要性に気づきました。そして、そのときになってようやく、お仕事をくださった方が教えてくださっていた再生ソフトが、実は起こし用のフリーソフトだったと気づきました。それは Sndplay for win32 というソフトでした。これだとその場で停止することも、数秒さかのぼることもできます。それに気づいてから、ようやく私は仕事に本格的に取りかかることができ、2日後、無事、納品することができたのでした。

 その後、「おこしやす」や「きらめき録音」と巡り会い、今では音声ファイルの起こしにも、Sndplay for win32 は使っていませんが、フォルダーごと残しています。期間にしたら2カ月も使っていたかどうかというソフトですが、これを使って必死で起こした時期も楽しい思い出の一貫だからです。


◆修行の始まり

 こうしてテープ起こしを始めた最初のころは、40分前後を中2日ほどで起こして、次のお仕事はすぐに来るときもあるし、少しスケジュールが開くときもあるし、という感じでした。でもまだほかの仕事を取る自信はなかったので、最初に始めたのは、テープ起こしをしている皆さんのホームページを回ることでした。特にたんぽぽさんのページはとても参考になるもので、今でもときどき読み返させていただいています。(本当はもう一個所いつも拝見させていただいているサイトがあるのですが、外へのリンクページなどもないサイトなので、ここではお名前は挙げません)。こういったページで初めて用字というものの重要性や、テープ起こしに使われるツール、その他の基礎知識を得ることができました。

 でも、サイトを見て回るのもとても楽しいですが、仕事を始めたばかりですから、とにかくテープ起こしがしたくてたまりません。そこでやったのは、あるラジオ番組の起こしでした。もちろん仕事で、というわけではありません。実は私はモーニング娘。が大好きなんです。そこで彼女たちの番組を起こしてみようと思い立ったのでした。幸いなことに彼女たちのファンの方は多く、年齢層も幅広くて、番組の内容を起こしたサイトなどもたくさんあります。そういうサイトを参考にしつつ、自分でも起こしてみました。若い年頃の女の子の声というのは、声質が全然違うはずの子でも、どうにもならないぐらい似ている瞬間がたびたびあって、案外大変でしたが、もともと好きですからそれもまた楽しく、いい練習になりました。

 ただ、趣味で楽しんでやるのと仕事とはやはり違います。仕事としては、その後、初めてほかの方のお手伝いをさせていただき、またトライアルを経て、テープ起こし専門会社からもお仕事をいただくようになりました。この2つの仕事では、用字の厳しさや、テープ起こしでは欠かせないグループワークなど、いろいろなことを学ぶことができたように思います。特に専門会社で厳しく用字チェックされた経験はとても貴重なものでした。(今でも大変お世話になっています)


◆テープ起こしという仕事

 テープ起こしをスタートしてから1年経ちました。一度体系的に勉強しておく必要性を感じて講座を受講してたくさんの方と出会うことができたり、ほかにもさまざまな方にクライアントとして声をかけていただいたり、ハードながら楽しい1年間でした。でも、そういった大変さを支えていたものは、やはりテープ起こしの楽しさだったのではないかと感じています。

 テープ起こしというのは、話者の方に寄り添うことだと思います。声のトーンや強弱、間の取り方などから伝わってくるものがたくさんあります。そういったものに注意して聞いていると、おそらく普通にその場にいて話を聞くよりも強く話者の方のお話を受け止めることができます。講演やインタビューには、深く感動させられることがしばしばあります。その分、厳しい口調が飛び交うテープでは、胸が痛くなって、休憩を頻繁にはさまないとまるで手が進まないということもあります。

 個人的なことですが書いてしまうと、昨年末は突然の弔事があり、でもとにかくかかえている分は納品しなくてはいけませんから、昼間は走り回って、深夜に泣きながらヘッドホンを手にするということが何度かありました。こういうときには、もちろんまず第一に家族の支えが大きいのですが、仕事というのも自分を支えてくれる柱ではないかと思います。特にこの仕事の場合、ヘッドホンから流れる音声を聞きながら手を動かすと、あっという間に別の世界にいくことができます。あのときも、そうして話者の方の作り出す世界に身を置くことで、気持ちを切り替えて、また前進していく力を分けていただいたような気がします。夫の淹れてくれたコーヒーの味と一緒に忘れられない体験です。

 これから先もこの仕事を続けていくかは、正直言ってわかりません。ただ今の気持ちとしては長く続けていきたいなと考えています。絶え間なく新しい情報に身をさらすというのは、一度経験してしまうと抜けがたい楽しさがあります。

 音声を文章にするだけなら、今もすでにいろいろと機械が出ていますし、これからはもっと進化してくるでしょう。でも、「起こす」と私たちが言う場合、ただ音声を文章にするわけではありません。話者の方の真意を汲みつつ、かつその場で実際に発言されたニュアンスを大事に文章化していくのは、人間の手による処理を必要とする作業です。リライトまでいくと、もっとそれは顕著になりますが、そこまでいかなくても、人間の手が必要だという点は変わりません。

 これから仕事を続ける上で大切なのは、柔軟であることと、常に謙虚な気持ちでいることだと考えています。もしかしたらこれからは音声を文字にするツールを補助的に使いながら作業を進めることになるのかもしれません。ほかにもいろいろな可能性があります。そういったものもどんどん勉強していきたいなと思います。でも、技術的な部分がどう変わっていっても、常に謙虚な気持ちも忘れずに取り組んでいきたいと感じています。